
久留 慎一郎(ひさどめ しんいちろう)/司法書士・行政書士
東京大学法学部を卒業後、日本航空株式会社に26年間勤務(うち法務部に4年間所属)。在職中に司法書士試験に合格し、2018年に独立開業、2021年に司法書士法人を設立。相続登記や不動産の名義変更など、実家じまいに関わる法律手続きを担当する。安心実家じまいの提携司法書士・行政書士。
監修の範囲:相続・登記・法務に関する記述(司法書士・行政書士の業務範囲)。片付け・買取・費用相場などの記述は安心実家じまい事務局が編集しています。監修者プロフィール
税金について:税額の計算や特例を使えるかどうかの判断は税理士の業務で、監修の範囲に含みません。申告の前に、税理士または所轄の税務署でご確認ください。
■経歴
- 1966年鹿児島県生まれ
- 1985年鹿児島ラ・サール高校卒業
- 1989年東京大学法学部卒業/同年、日本航空株式会社入社(2002〜2006年は法務部所属)
- 2013年司法書士試験合格
- 2015年簡易裁判所訴訟代理等に関する法務大臣認定/同年、日本航空株式会社退職、司法書士法人コスモ入所
- 2017年司法書士法人コスモ退職
- 2018年事務所開設
- 2021年司法書士法人設立
■得意領域
- 相続登記・相続手続き
- 不動産の名義変更
- 相続放棄
- 簡易裁判所の訴訟代理
この記事の結論
- 遺品整理費用の負担者は法律で1人に決まっているわけではありません。民法885条は「相続財産に関する費用はその財産の中から支弁する」と定めており、実務では相続人全員の合意のもとで分担・精算するのが基本です。
- 「長男が払う」のは法律上の義務ではなく、喪主を務める・実家を引き継ぐ立場にあることが多いための慣習的な役割分担です。何も決めないまま進めると、後から他のきょうだいとの間でトラブルになりやすい部分でもあります。
- 相続放棄をした人は、遺品整理費用を負担する義務を負いません(民法939条)。ただし、遺品を実際に占有していた場合は民法940条の保存義務が残ることがあり、遺品を処分すると法定単純承認とみなされるリスク(民法921条)もあるため、相続放棄を検討している段階では遺品に手をつけないことが重要です。
- 費用を相続財産(預貯金など)から払う場合は、相続放棄を予定している人がいないかを先に確認してください。判断に迷う場合は、着手前に司法書士や弁護士へ相談することをおすすめします。
遺品整理費用は誰が払うべきか|法律上のルール
遺品整理の費用を「誰が払うべきか」について、民法に明確な条文があるわけではありません。ただし手がかりになる規定はあります。民法885条は「相続財産に関する費用は、その財産の中から支弁する。ただし、相続人の過失によるものは、この限りでない」と定めています。遺品整理の費用は、故人が遺した家財を整理するための費用であり、この「相続財産に関する費用」に含まれると考えられています。つまり本来の建付けとしては、特定の相続人の自腹ではなく、相続財産(預貯金など)から支弁し、最終的に遺産分割で精算するという処理が想定されています。
とはいえ、相続財産の預貯金は金融機関が口座を凍結するため、すぐには引き出せないことも多く、実務では次の3つの方法のいずれかで進められるのが一般的です。
| 方法 | 内容 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 相続財産から直接支払う | 相続人全員の同意を得て、故人の預貯金や遺産分割前の仮払い制度を使って支払う | 相続人間の関係が良好で、全員の合意形成がしやすい場合 |
| 代表者が立て替えて精算する | 喪主や同居していた相続人がいったん全額を立て替え、遺産分割協議の際に清算する | 急いで業者に依頼する必要があり、口座凍結などで相続財産からすぐ払えない場合 |
| 実家を取得・売却する人が負担する | 実家を相続して住む・売却する人が、片付け費用も含めて負担する | 実家の処分方法がすでに決まっており、取得者が明確な場合 |
どの方法を選ぶ場合も、見積もりの内容と金額を相続人全員に事前に共有し、「誰が・どの財布から・いくら払うか」を書面やメッセージで記録に残しておくことが、後々のトラブルを防ぐ一番の近道です。
なぜ「長男が払う」ケースが多いのか|法的義務ではなく実務上の役割
相談の現場では「長男だから自分が払うものだと思っていた」という声をよく聞きます。しかし、これは法律上の義務ではありません。長男が遺品整理費用を負担する実務上の理由は、主に次の3つに整理できます。
理由1:喪主を務めることが多い
誰が喪主を務めるかについて法律の定めはなく、慣習的に配偶者や長男が務めることが多いというだけです。葬儀の窓口になった流れで、遺品整理の見積もりや業者とのやり取りも長男が担当することになり、結果として費用も立て替える、という流れが実務上は多く見られます。葬儀費用の負担についても法律上の明文規定はなく、慣習上、喪主または祭祀を承継する人が担うことが多いとされていますが、遺品整理費用は葬儀費用とは法的な性質が異なる点に注意が必要です。遺品整理費用はあくまで相続財産の処分に関する費用であり、民法885条の枠組みで考えるべきものです。
理由2:実家を引き継ぐ・近くに住んでいる
実家を相続する予定の人や、実家の近くに住んでいて現地に頻繁に行ける人が、立会いや業者とのやり取りを担当しやすいという実務上の事情もあります。立会いができる人が自然と窓口役になり、その流れで費用の立て替えも引き受けることになるケースです。
理由3:「長男が家を継ぐ」という慣習の名残
現在の民法では、相続分はきょうだいで原則均等(配偶者がいる場合は配偶者2分の1・子全員で2分の1を均等分割)であり、長男だからといって多く相続する決まりはありません。それでも「長男が実家と祭祀を継ぐもの」という慣習的な価値観が残っている家庭では、遺品整理費用も長男が担うという役割分担が暗黙のうちに成立しやすくなります。この慣習だけを根拠に一人に負担を求め続けると、後から「法律上は均等のはずでは」という不満が出やすい部分でもあるため、早い段階で費用分担の方針をきょうだい間で話し合っておくことが重要です。
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相続放棄をした人は遺品整理費用を払う義務があるか
相続放棄をした人は、遺品整理費用を負担する義務を負いません。民法939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」と定めています。相続人でなかったことになる以上、相続財産に関する費用(遺品整理費用を含む)を負担する法的根拠もなくなる、というのが基本の考え方です。
ただし、ここで注意すべき点が2つあります。
注意点1:遺品を占有していた場合は保存義務が残る(民法940条)
民法940条1項は、相続放棄をした者であっても、放棄の時点でその財産を現に占有していた場合は、次の相続人(または相続財産清算人)に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存しなければならないと定めています。この「占有」要件は、令和5年(2023年)4月1日施行の民法改正で明確化されたものです。つまり、実家に同居していた、あるいは鍵を管理して出入りしていたなど「占有」の実態がある相続人は、相続放棄をしても遺品そのものの保存義務からは完全に解放されない場合があります。保存義務は「費用を払う義務」とは異なりますが、遺品を勝手に処分すれば次の注意点に触れるリスクがあるため、占有の実態がある人ほど慎重な対応が必要です。
注意点2:遺品を処分すると相続放棄ができなくなることがある(民法921条)
相続放棄を検討している段階、あるいはまだ家庭裁判所への申述が済んでいない段階で、相続財産の一部でも処分・売却・消費してしまうと、「法定単純承認」とみなされ、その後は相続放棄ができなくなる可能性があります(民法921条1号)。遺品整理として家財を処分する行為も、法律上は相続財産の処分にあたるとみなされることがあります。相続放棄をする(した)人が、遺品整理の費用を一部でも相続財産から支払ったり、価値のある遺品を自分の判断で処分・持ち帰ったりすると、単純承認とみなされるリスクがある点は見落とされがちです。
相続放棄には、自己のために相続の開始があったことを知った時から原則3ヶ月以内という期限(熟慮期間、民法915条1項本文)もあります。相続放棄をするかどうかまだ決めていない家庭では、遺品整理そのものを急がず、まず司法書士や弁護士に相談してから着手することをおすすめします。
相続人の立場別|遺品整理費用の負担の考え方【比較表】
ここまでの内容を、相続人の立場ごとに整理した比較表です。自分や家族がどこに当てはまるかを確認してみてください。
| 立場 | 費用負担の法的な位置づけ | 実務上の対応 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 相続人(放棄していない) | 相続財産から支弁するのが原則(民法885条)。最終的には遺産分割で精算 | 立て替え払い+後日精算、または実家取得者が負担するケースが多い | 合意内容を書面・メッセージで記録しておく |
| 長男・喪主など代表的な立場の相続人 | 法律上、他のきょうだいより多く負担する義務はない | 窓口役として立て替えることが多いが、後日必ず精算する前提で進める | 「長男だから」という理由だけで負担を固定化しない |
| 相続放棄をした人(占有の実態なし) | 費用負担の義務はない(民法939条) | 遺品整理の意思決定や費用負担から外れる | 遺品に触れる場合でも処分には関与しない |
| 相続放棄をした人(遺品を占有していた) | 費用負担の義務はないが、保存義務は残ることがある(民法940条) | 次の相続人・相続財産清算人に引き渡すまで、現状を維持する | 自己判断で遺品を処分・搬出しない。司法書士へ相談 |
| 相続人全員が相続放棄した場合 | 相続財産は最終的に相続財産法人となる | 家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てる必要がある | 選任には予納金(目安として数十万〜100万円程度)がかかる |
ケース別に見る費用負担の進め方
実際によくある4つのパターンに沿って、考え方を整理します。
ケースA:長男が実家を相続し、他のきょうだいは何も相続しない場合
実家(不動産)を長男だけが相続する代わりに、他のきょうだいは現金などの財産を受け取る、あるいは何も相続しないという遺産分割を行う家庭では、遺品整理費用も実家を取得する長男が負担するという整理が、結果として最もシンプルになりやすいケースです。ただし、これも「実家を取得するから」という遺産分割の内容に紐づいた合意であり、長男という続柄だけを理由にしているわけではない、という点を他のきょうだいとも共有しておくと納得感が得られやすくなります。
ケースB:きょうだい全員で相続財産を均等に分ける場合
現金や実家の売却代金をきょうだいで均等に分ける前提であれば、遺品整理費用も相続財産から差し引いたうえで、残りを分割するという処理が自然です。見積もり金額を先に全員で共有し、「遺品整理費用○万円を差し引いた残額を均等分割する」という形で遺産分割協議書に明記しておくと、後から「払った・払っていない」の揉め事になりにくくなります。
ケースC:きょうだいのうち1人だけが相続放棄を検討している場合
相続放棄を検討している人がいる場合は、その人を除いた相続人の間で費用負担を決めることになります。重要なのは、相続放棄を検討している本人に、遺品整理の見積もりや業者とのやり取りに関与させない、費用も負担させないという線引きを先に家族内で共有しておくことです。本人が遺品に触れる、あるいは費用の一部でも負担してしまうと、後から相続放棄が認められない事態につながりかねません。判断がつくまでは、司法書士への相談を先に済ませることをおすすめします。
ケースD:相続人全員が相続放棄を検討している場合
債務超過が明らかなど、相続人全員が相続放棄を検討している場合は、遺品整理そのものを急いで進めるべきではありません。全員が相続放棄をすると、相続財産は相続財産法人となり、家庭裁判所が選任する相続財産清算人に遺品を含む財産の管理が引き継がれます。この場合、遺品整理の要否や費用負担は清算人が関与する形になるため、相続人が独断で遺品を処分しないことが特に重要です。まずは司法書士や弁護士に、相続放棄の手続きと遺品の取り扱いをあわせて相談してください。
揉めないための実務チェックリスト
遺品整理の費用負担で揉めないために、着手前に確認しておきたい項目です。印刷して、家族での話し合いの際にご活用ください。
| 確認項目 | チェックのポイント |
|---|---|
| 相続人の確定 | 戸籍を確認し、相続人が誰で何人いるかを最初に把握する |
| 相続放棄を検討している人の有無 | 検討中の人がいる場合は、遺品に触れさせない・費用を負担させない方針を共有する |
| 見積もり金額の全員への共有 | 業者の見積書をきょうだい全員が見られる状態にしておく |
| 支払い方法の決定 | 相続財産から払う・代表者が立て替える・実家取得者が払う、のどれにするか決める |
| 精算のタイミングの明記 | 遺産分割協議書に、遺品整理費用の扱いを明記しておく |
| 買取できる品の扱い | 買取金額を費用から差し引くかどうかを事前にすり合わせる |
| 熟慮期間(3ヶ月)の確認 | 相続放棄を検討している人がいる場合、申述期限までに結論を急がせすぎない |
| 記録の保存 | 誰が何を決め、誰がいくら払ったかをメッセージやメモで残しておく |
このチェックリストのうち、特に見落とされやすいのが「相続放棄を検討している人の有無」です。これを後回しにすると、遺品整理を進めてしまった後になって相続放棄ができないと分かるケースがあり、取り返しがつきません。着手前の段階で必ず確認してください。
遺品整理費用の相場を知っておく
誰が払うかを決める前提として、実際にいくらかかるのかも押さえておくと話し合いがスムーズです。遺品整理業者の比較サイト「みんなの遺品整理」が公表している間取り別の料金相場では、1R・1Kで3万〜8万円、3LDKで17万〜50万円、4LDK以上で22万〜60万円とされています(民間サイトの公表相場で、公的な統計ではありません)。また、総務省行政評価局が2020年3月に公表した「遺品整理のサービスをめぐる現状に関する調査結果報告書」では、協力事業者から提供された実際の見積書75例を集計した結果、10万円〜40万円の価格帯に取引が多く集まっていたとまとめられています。国民生活センターの相談分析では、遺品整理サービスの契約金額の平均は約42万円、実際に支払った金額の平均は約30万円という数字も示されています(相談に至ったケースの集計のため、高めに出やすい点は割り引いて見る必要があります)。間取り別の詳しい料金相場と内訳は実家の片付け費用の相場|間取り別の料金と業者に頼む範囲の決め方で解説しています。
相続税・譲渡所得との関係について
「遺品整理費用を相続税や譲渡所得の計算で差し引けないか」という質問もよく受けます。国税庁のタックスアンサー(No.4126 相続財産から控除できる債務)の説明では、相続税の計算で差し引けるのは、被相続人が亡くなった時点で存在していた債務と葬式費用とされており、亡くなった後に発生する遺品整理費用はその例示に含まれていません。実家を売却する際の譲渡所得の計算でも、差し引けるのは仲介手数料や売るための建物の取壊し費用など「譲渡費用」とされるものが中心で、家財の片付け費用は例示にありません(国税庁タックスアンサー No.3255 譲渡費用となるもの)。個別の税務上の扱いは、税理士または所轄の税務署に確認することをおすすめします。
遺品整理をまとめて進める方法
実際には、費用負担の方針だけを先に決めて、遺品整理自体は後回しにする家庭と、見積もりを取りながら同時並行で費用負担を話し合う家庭の両方があります。安心実家じまいでは、仕分け・搬出・ご供養・買取までをまとめてご相談いただけます。相続放棄を検討している方がいる場合は、見積もりの段階でその旨をお伝えいただければ、着手前に確認すべき点を含めてご案内します。遠方にお住まいで立ち会いが難しい場合も、鍵をお預かりして進める方法があります。買取できる品がある場合は、買取金額を作業費用から差し引く形でご案内することも可能です。
よくある質問
遺品整理費用は法律で「長男が払う」と決まっているのですか?
相続放棄をした人は遺品整理費用を一切払わなくてよいのですか?
相続放棄を検討中ですが、遺品整理を進めてしまっても大丈夫ですか?
相続人全員が相続放棄をした場合、遺品は誰が片付けるのですか?
まとめ
遺品整理費用の負担者は、法律で1人に固定されているわけではありません。振り返ります。
- 遺品整理費用は民法885条の「相続財産に関する費用」にあたると考えられ、本来は相続財産から支弁し、遺産分割で精算するのが原則
- 「長男が払う」のは慣習的な役割分担であり、法律上の義務ではない。きょうだい間で早めに方針を共有することが重要
- 相続放棄をした人は費用負担の義務を負わない(民法939条)。ただし遺品を占有していた場合は保存義務が残ることがある(民法940条)
- 相続放棄を検討している段階で遺品を処分すると、法定単純承認とみなされるリスクがある(民法921条)。熟慮期間は原則3ヶ月(民法915条)
- 相続人全員が相続放棄した場合は、相続財産清算人の選任が必要になり、予納金がかかる
- 見積もり金額を全員で共有し、支払い方法と精算のタイミングを事前に決めておくことが、揉めないための一番の近道
費用負担に正解の形はありません。相続人の間柄や、それぞれの家庭の事情に合わせて、無理のない範囲で分担方法を決めていただければ十分です。相続放棄が絡む場合や、判断に迷う場合は、一人で抱え込まず司法書士や弁護士に相談してください。
早いこともあります
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