
久留 慎一郎(ひさどめ しんいちろう)/司法書士・行政書士
東京大学法学部を卒業後、日本航空株式会社に26年間勤務(うち法務部に4年間所属)。在職中に司法書士試験に合格し、2018年に独立開業、2021年に司法書士法人を設立。相続登記や不動産の名義変更など、実家じまいに関わる法律手続きを担当する。安心実家じまいの提携司法書士・行政書士。
■経歴
- 1966年鹿児島県生まれ
- 1985年鹿児島ラ・サール高校卒業
- 1989年東京大学法学部卒業/同年、日本航空株式会社入社(2002〜2006年は法務部所属)
- 2013年司法書士試験合格
- 2015年簡易裁判所訴訟代理等に関する法務大臣認定/同年、日本航空株式会社退職、司法書士法人コスモ入所
- 2017年司法書士法人コスモ退職
- 2018年事務所開設
- 2021年司法書士法人設立
■得意領域
- 相続登記・相続手続き
- 不動産の名義変更
- 相続放棄
- 簡易裁判所の訴訟代理
この記事の結論
- 銀行口座は、名義人の死亡そのものではなく銀行が死亡の事実を知った時点で凍結されます。凍結後は、相続人全員の同意がなければ原則として一切の入出金ができません。
- 凍結解除には、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本・印鑑証明書、金融機関所定の相続手続依頼書などが必要です。遺言の有無、遺産分割協議の有無でパターンが3つに分かれ、必要書類が変わります。
- 葬儀費用や生活費が足りない場合は、民法909条の2の「預貯金の仮払い制度」で、相続人の同意なく単独で払い戻しを受けられます。金額は残高×1/3×法定相続分、金融機関ごとに150万円が上限です。
- 仮払い制度でも足りない場合は家庭裁判所への保全処分の申立てという別の制度があります。ただし相続放棄を検討している場合は、引き出した金銭の使い道次第で法定単純承認とみなされ放棄できなくなるリスクがあるため、着手前に専門家へ相談してください。
銀行口座はいつ、なぜ凍結されるのか
「親が亡くなったのでとりあえず口座からお金を下ろしておこう」と考えて銀行に行ったところ、窓口で「凍結されています」と告げられて驚いた、という相談は少なくありません。まず前提として押さえておきたいのは、口座が凍結されるタイミングは死亡した瞬間ではなく、銀行が死亡の事実を知った時点だという点です。
凍結とは、口座名義人が死亡したことを金融機関が把握した後、相続人全員の同意(または適法な代表者の手続き)がない限り、入金・出金・振込・自動引き落としなど、あらゆる取引を停止する措置です。凍結の目的は、相続人の一人が単独で預金を引き出し、他の相続人に無断で使い込んでしまうトラブルを防ぐことにあります。相続財産は遺産分割が終わるまで相続人全員の共有財産という扱いになるため、勝手な引き出しを止めるのは金融機関としては当然の措置です。
銀行はどうやって死亡を知るのか
金融機関が死亡の事実を把握する経路はいくつかあります。最も多いのは相続人からの届出ですが、それ以外にも次のような経路で把握することがあります。
- 相続人や親族が窓口・電話で死亡を伝えた場合
- 新聞のお悔やみ欄や訃報、地域の回覧を行員が目にした場合
- 担当者が定期的な訪問や電話連絡の際に家族から聞いた場合
- 年金受給者の場合、年金の振込が止まったことなど別の情報から推測される場合
つまり「黙っていれば凍結を避けられる」という考え方は正しくありません。むしろ、死亡の届出をしないまま口座から生活費を引き出し続けると、後になって使途が不明瞭になり、他の相続人との間で「使い込みではないか」という疑いを招きやすくなります。急ぎの資金が必要な場合は、隠れて引き出すのではなく、この記事で紹介する仮払い制度を使うのが安全です。
認知症による凍結との違い
混同されやすいものに、本人が認知症などで判断能力を失った際に銀行が取引を制限する「認知症による凍結」があります。これは死亡による相続の凍結とは根拠も解除方法もまったく異なります。認知症による凍結を解除するには、家庭裁判所に成年後見の申立てを行い、成年後見人を選任してもらう必要があります。この記事で扱うのは、あくまで名義人が死亡した後の相続に伴う口座凍結です。生前の口座管理や認知症対策としての家族信託・任意後見については、実家の資産管理を考えるタイミングで別途検討しておくとよいでしょう。
凍結後にできることとできないこと
凍結というと「一切何もできなくなる」と思われがちですが、実際には金融機関によって対応に差があります。一般的な傾向を整理すると、次のとおりです。
| できること・できないこと | 一般的な扱い |
|---|---|
| 入金・出金・振込 | 停止(相続人全員の同意または適法な手続きがない限り不可) |
| 公共料金や家賃などの口座振替 | 停止(凍結後は引き落としができず、未払いが発生する) |
| 年金の振込 | 年金事務所側で別途、死亡による受給停止の届出が必要 |
| 残高照会・取引履歴の確認 | 相続人であることを証明できれば、多くの金融機関で可能 |
| 貸金庫の開閉 | 制限される場合が多く、開扉には相続人全員の立会いや同意書を求められることがある |
| 定期預金の解約・払い戻し | 普通預金と同様に凍結の対象。仮払い制度の対象にもなる |
特に見落とされやすいのが、公共料金や家賃、サブスクリプションサービスなどの口座振替です。凍結が分かった時点で、引き落とし先を別の口座に変更する手続きも並行して進めておかないと、延滞や契約解除につながることがあります。
凍結前にキャッシュカードでATM引き出しをしてもよいか
「銀行に連絡する前に、キャッシュカードで当面の生活費だけ引き出しておきたい」という相談もよく受けます。銀行側が死亡を把握する前であれば、システム上はATMでの引き出しが物理的に可能な場合があります。しかし、これは法律上推奨される方法ではありません。故人の預金は相続人全員の共有財産であり、他の相続人に無断で引き出す行為は、後から使途を巡るトラブルの火種になりやすく、相続放棄を検討している場合は前述のとおり法定単純承認とみなされるリスクもあります。当座の資金が必要な場合は、無断で引き出すのではなく、民法909条の2に基づく正規の仮払い制度を使うのが安全です。仮払い制度であれば、引き出した記録が金融機関に残り、後の遺産分割でも清算の対象として扱われるため、他の相続人への説明も付きやすくなります。
口座凍結を解除する基本の流れと必要書類
凍結された口座を解除して払い戻しを受けるまでの流れは、相続の状況によって大きく3つのパターンに分かれます。自分がどのパターンに当てはまるかを最初に把握しておくと、集める書類の見当がつきやすくなります。
パターンは大きく3つ
- 遺言書があり、遺言執行者または受遺者が単独で手続きするケース——遺言書(公正証書遺言、または家庭裁判所の検認済証明書がついた自筆証書遺言。法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用していた場合は検認自体が不要です)があれば、他の相続人全員の署名を集めずに手続きできる場合があります。
- 遺産分割協議がまとまり、協議書があるケース——相続人全員の実印を押した遺産分割協議書と印鑑証明書があれば、協議で口座を取得すると決まった相続人が単独で手続きできます。
- 遺言も遺産分割協議書もなく、法定相続分どおりに手続きするケース——相続人全員が金融機関所定の相続手続依頼書に署名・実印を押す必要があり、全員の合意形成に時間がかかることがあります。
2のケースがもっとも一般的で、遺産分割協議書の作成には相続人全員の話し合いと実印の押印が必要になるため、疎遠な相続人がいる場合や、遠方に住む相続人が複数いる場合は、この段階で時間がかかりやすくなります。遺産分割の進め方は実家の遺産分割協議の進め方で詳しく解説しています。
共通して必要になる書類
どのパターンでも共通して求められる基本書類は次のとおりです。
| 書類 | 取得先 | 備考 |
|---|---|---|
| 被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本・除籍謄本 | 本籍地の市区町村窓口 | 転籍している場合は複数の市区町村にまたがる |
| 相続人全員の戸籍謄本 | 各相続人の本籍地の市区町村窓口 | 被相続人との関係を確認するため |
| 相続人全員の印鑑証明書 | 各相続人の住所地の市区町村窓口 | 発行から3か月〜6か月以内を求める金融機関が多い |
| 金融機関所定の相続手続依頼書 | 金融機関の窓口・郵送で取り寄せ | 相続人全員の実印が必要になることが多い |
| 通帳・キャッシュカード・証書 | 手元にあるもの | 見当たらない場合は紛失の旨を窓口で申告する |
| 被相続人の死亡が確認できる書類 | 戸籍謄本または死亡診断書の写しなど | 戸籍謄本で死亡の記載があれば別途不要な場合が多い |
パターン別に追加で必要になる書類(独自比較表)
基本書類に加えて、パターンごとに次の書類が必要になります。窓口へ行く前にこの表で照らし合わせておくと、書類不足による再訪問を防げます。
| パターン | 追加で必要な書類 | 相続人全員の署名は必要か |
|---|---|---|
| 遺言書あり(遺言執行者が手続き) | 遺言書原本、検認調書謄本(自筆証書遺言の場合。ただし法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用していた遺言書は検認不要)、遺言執行者選任審判書(家庭裁判所が選任した場合) | 原則不要 |
| 遺産分割協議書あり | 相続人全員が実印を押した遺産分割協議書 | 協議書の作成時のみ必要(払戻し窓口では代表者のみで可) |
| 法定相続分どおり(協議書・遺言なし) | なし(相続関係を示す戸籍一式で足りる) | 相続手続依頼書に全員の実印が必要 |
なお、2017年(平成29年)5月から始まった法務局の「法定相続情報証明制度」を利用すると、被相続人と相続人の関係を1枚の証明書にまとめて発行してもらえます。複数の金融機関や不動産の名義変更で戸籍謄本一式を何度も使い回す必要がある場合、この証明書があれば、金融機関ごとに戸籍謄本の原本を出し入れする手間を省けます。相続する不動産がある場合は、相続登記の手続きとあわせて取得しておくと効率的です。相続登記の詳しい期限や過料については相続登記の義務化とはで解説しています。
手続きにかかる期間の目安
書類が整った後、実際に口座が解除されて払い戻しを受けられるまでの期間は、金融機関の事務処理量や案件の複雑さによって幅があります。遺言書や遺産分割協議書が整っている単純なケースでは1〜2週間程度で解除されることが多い一方、書類に不備があったり、相続人の人数が多く確認事項が増えたりすると1か月以上かかることもあります。もっとも時間を要するのは、実は払戻しの手続きそのものより、戸籍謄本の収集です。被相続人が転籍を繰り返している場合、本籍地の異なる複数の市区町村へ郵送で請求する必要があり、返送までに1〜2週間ずつかかることも珍しくありません。全体として、書類の収集開始から口座解除まで1〜2か月程度を見込んでおくと、当座の資金繰りの見通しが立てやすくなります。
残高証明書の取得(相続税申告・遺産分割に必要)
口座の解除・払い戻しとあわせて確認しておきたいのが「残高証明書」の取得です。残高証明書は、相続開始日(死亡日)時点での口座残高を金融機関が証明する書類で、相続税の申告や、相続人同士で遺産分割の話し合いをする際の基礎資料として使います。取得には被相続人の死亡が確認できる書類と、請求者が相続人であることを証明する戸籍謄本、請求者の印鑑証明書や実印が必要になるのが一般的です。手数料は金融機関によって異なりますが、1通あたり数百円程度が目安です。定期預金がある場合は、既経過利息(死亡日までに発生した未払いの利息)の証明もあわせて依頼できる金融機関があります。相続税の申告が必要な見込みがある場合は、口座解除の手続きと同じタイミングでまとめて請求しておくと、後から再度窓口へ足を運ぶ手間を省けます。
証券口座・投資信託・株式は同じ扱いか
故人が証券会社に口座を持ち、株式や投資信託を保有していた場合も、死亡が証券会社に伝わった時点で口座は凍結され、売買や出金ができなくなります。基本的な解除の流れ(戸籍謄本の収集、遺産分割協議書または相続手続依頼書の提出)は預貯金口座とほぼ共通ですが、一点大きく異なるのが仮払い制度の対象です。民法909条の2の仮払い制度は「預貯金債権」に限定された制度であり、上場株式や投資信託の受益権には適用されません。株式や投資信託を現金化して当面の資金に充てたい場合は、通常どおり遺産分割協議を経るか、相続人全員の同意を得て手続きを進める必要があります。証券口座がある場合は、預貯金口座とは別の手続きが必要になる点を早めに把握しておいてください。
生活費や葬儀費用が足りないときの「預貯金の仮払い制度」
口座凍結の解除には書類収集を含めて数週間から数か月かかることがあり、その間、葬儀費用や当面の生活費の支払いに困る遺族は少なくありません。この課題に対応するため、2019年7月1日に施行された相続法改正で「預貯金の仮払い制度」が設けられました。根拠となる条文は民法909条の2です。
制度の内容
この制度により、各相続人は遺産分割が終わる前でも、他の相続人の同意を得ることなく、単独で一定額まで預貯金の払い戻しを受けられるようになりました。従来は相続人全員の同意がなければ一円も引き出せなかったことを考えると、実務上のインパクトが大きい制度です。払い戻しを受けた金額は、後の遺産分割において、その相続人が遺産の一部を取得したものとして扱われます(つまり、もらい過ぎにはならないよう、最終的な取り分から差し引かれる仕組みです)。
仮払いできる金額の計算方法
仮払いを受けられる金額は、次の式で計算します。
仮払い額 = 相続開始時の預貯金残高 × 1/3 × 払い戻しを求める相続人の法定相続分
ただし、この式で計算した金額がどれだけ大きくても、同一の金融機関に対しては150万円が上限です。同じ金融機関に複数の口座がある場合は、それらを合算して150万円までとなります。異なる金融機関であれば、それぞれの金融機関ごとに上限150万円まで請求できます。
ケース別シミュレーション
実際の金額感をつかむために、具体的なケースで計算してみます。法定相続分は、配偶者と子が相続人の場合は配偶者1/2・子は全体で1/2を人数で均等按分、子のみが相続人の場合は子で均等按分です。
| ケース | 残高・相続人構成 | 計算式 | 仮払い可能額 |
|---|---|---|---|
| ケースA | 残高900万円/配偶者+子2人 | 配偶者:900万×1/3×1/2 | 150万円(上限に到達) |
| ケースA(子) | 同上 | 子(各):900万×1/3×1/4 | 75万円ずつ |
| ケースB | 残高2,000万円/子1人(単独相続) | 2,000万×1/3×1=約666万円 | 150万円(上限が優先) |
| ケースC | 残高120万円/配偶者のみ | 120万×1/3×1 | 40万円 |
ケースBのように残高が大きい口座では、計算上の金額(約666万円)よりも150万円という上限のほうが小さくなるため、実際に受け取れるのは150万円までです。葬儀費用は全国平均で100万円台になることが多く、150万円という上限は葬儀費用をまかなう目的にはおおむね対応できる設計ですが、家の解体費用や相続税の納税資金など、まとまった金額が必要な場面では不足することがあります。
必要書類と手続き窓口
仮払い制度を利用する場合も、被相続人の死亡と請求者が相続人であることを証明する戸籍謄本一式、請求者の印鑑証明書、金融機関所定の仮払い請求書が必要です。通常の相続手続きより必要書類が少ない分、比較的短期間で払い戻しを受けられる場合があります。手続き窓口は口座がある金融機関で、詳しい必要書類は各金融機関に確認してください。
生命保険金は口座凍結と関係なく受け取れる
葬儀費用や当面の生活費に充てられる資金として、仮払い制度と並んで見落とされやすいのが生命保険金です。故人が生命保険に加入しており、受取人が特定の相続人(配偶者や子など)に指定されている場合、その死亡保険金は受取人固有の財産とされ、そもそも遺産分割の対象にも、口座凍結の対象にもなりません。保険会社所定の請求書と死亡診断書の写し、受取人の本人確認書類などをそろえて請求すれば、口座凍結の解除を待たずに受け取れます。実務上は、生命保険金の請求と仮払い制度の利用を同時に進め、どちらか早く現金化できたほうで当座の費用をまかなうという進め方が現実的です。故人が生命保険に加入していたかどうかが不明な場合は、保険証券や契約のお知らせのハガキがないか、遺品整理の際に確認しておくとよいでしょう。
仮払い制度でも足りない場合:家庭裁判所の保全処分
仮払い制度の上限である150万円でも資金が足りない場合、もう一つの選択肢として、家庭裁判所に申し立てる保全処分があります。根拠は家事事件手続法200条3項です。
保全処分の内容
遺産分割の調停または審判が家庭裁判所に係属していることが前提となりますが、相続人の生活費や葬儀費用など「急迫の危険を防止するため必要があるとき」に、家庭裁判所は他の相続人の利益を害しない範囲で、申立人に金銭の仮取得を認めることができます。この保全処分には、仮払い制度のような150万円という一律の上限はなく、家庭裁判所が個別の事情を踏まえて必要と認めた金額が認められます。
仮払い制度との違い
| 民法909条の2の仮払い制度 | 家事事件手続法の保全処分 | |
|---|---|---|
| 手続き先 | 口座がある金融機関の窓口 | 家庭裁判所(遺産分割調停・審判の係属が前提) |
| 金額の上限 | 残高×1/3×法定相続分、金融機関ごとに150万円 | 上限なし(家庭裁判所が個別に判断) |
| 手続きの速さ | 比較的早い(書類がそろえば数日〜数週間) | 調停・審判の申立てが前提のため時間がかかりやすい |
| 向いているケース | 当面の生活費・葬儀費用など少額の資金需要 | 150万円を超える多額の資金が必要で、遺産分割に争いがある場合 |
申立ての流れ
保全処分を利用するには、まず遺産分割調停または審判を家庭裁判所に申し立て、そのうえで保全処分の申立てを行います。生活費や葬儀費用が必要な事情、他の相続人の利益を害さないことなどを疎明する資料の提出が求められます。手続きが複雑なため、この選択肢を検討する段階では弁護士に相談することをおすすめします。多くの家庭では仮払い制度の範囲内で当座の費用がまかなえるため、保全処分まで必要になるケースは、遺産分割で意見が対立している場合や、相続財産の総額が大きい場合が中心です。
相続放棄を検討している場合の注意点
実家の資産価値が低く、負債のほうが多い可能性があるなど、相続放棄を検討している段階では、口座凍結の解除や仮払い制度の利用に慎重になる必要があります。
法定単純承認とみなされるリスク
民法921条1号は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなすと定めています。これを「法定単純承認」と呼びます。相続放棄をするつもりで家庭裁判所への申述を準備していても、その前に故人の預金を引き出して自分の生活費など私的な目的に使ってしまうと、財産を「処分」したとみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります。相続放棄には「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」という期限(民法915条)もあるため、期限と使途の両方に注意が必要です。
仮払い制度を使っても大丈夫なのか
仮払い制度で引き出した金銭を、葬儀費用や被相続人の入院費・公租公課の精算など、社会通念上相当と考えられる範囲で使う場合は、直ちに相続財産の「処分」とは評価されにくいと考えられています。ただし、これは個別の事案ごとに判断される部分が大きく、金額の多寡や使途によっては単純承認とみなされる可能性が残ります。相続放棄を少しでも視野に入れている場合は、仮払い制度を利用する前に司法書士や弁護士へ相談し、使ってよい範囲を確認しておくことを強くおすすめします。
迷ったら専門家へ相談する
「負債があるかもしれないが、葬儀費用は今すぐ必要」という状況は珍しくありません。この場合、葬儀費用を喪主が自己資金や香典で立て替え、故人の預金には手を付けずに相続放棄の判断材料(負債の有無)を先に調べる、という進め方が安全です。判断に迷う段階で家財の処分や実家の片付けを進めてしまうと、これも相続財産の処分とみなされる可能性があるため、遺品整理や実家じまいを検討している場合も、相続放棄の要否が固まるまでは着手を控えるか、専門家に確認したうえで進めることをおすすめします。
金融機関ごとの手続きの違いと実務チェックリスト
相続手続きの基本的な流れはどの金融機関でも共通していますが、窓口の運用には一定の傾向の違いがあります。ここでは一般的な傾向を整理し、実際に窓口へ行く前に使えるチェックリストをまとめます。個別の要件は、事前に各金融機関へ確認してください。
金融機関タイプ別の一般的な傾向
| 金融機関タイプ | 手続きの一般的な傾向 |
|---|---|
| 都市銀行・地方銀行 | 相続専用のコールセンターや相続センターを設けていることが多く、来店予約制を採る店舗が増えている |
| ゆうちょ銀行 | 独自の書式(貯金等相続手続請求書)を使用し、必要書類を郵送でも受け付ける窓口がある |
| 信用金庫・信用組合 | 店舗ごとの裁量が比較的大きく、担当者に直接相談しながら進めやすい傾向がある |
| ネット銀行 | 郵送・オンラインでのやり取りが中心で、来店を前提としないケースが多い |
実務チェックリスト:窓口に行く前に準備するもの
そのまま印刷して使えるよう、確認すべき項目をチェックリストにまとめました。
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 亡くなったことを金融機関に伝え、口座を凍結してもらったか | □ |
| 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍謄本)一式を集めたか | □ |
| 相続人全員の戸籍謄本・印鑑証明書を集めたか | □ |
| 遺言書の有無を確認したか(自宅・貸金庫・法務局の遺言書保管制度を確認) | □ |
| 自筆証書遺言の場合、家庭裁判所での検認を終えたか(法務局の保管制度を利用していた場合は検認不要) | □ |
| 遺産分割協議が必要な場合、相続人全員の合意を得られる見込みがあるか | □ |
| 通帳・キャッシュカード・証書・銀行印の保管場所を把握しているか | □ |
| 当面の生活費・葬儀費用が不足していないか(仮払い制度の要否) | □ |
| 相続放棄の可能性がある場合、専門家に相談したか | □ |
| 公共料金や各種契約の口座振替が、この口座に紐づいていないか | □ |
最後の項目は見落とされがちですが、電気・ガス・水道・携帯電話・保険料などの引き落としが故人名義の口座に設定されたままだと、凍結によって未払いが発生し、延滞や契約解除につながることがあります。凍結が分かった時点で、引き落とし先の変更手続きも並行して進めておくと安心です。
司法書士や行政書士に手続きを代行してもらう場合
相続人が遠方に住んでいる、平日に窓口へ行く時間が取れない、相続人の人数が多く書類のとりまとめが難しいといった事情がある場合、司法書士や行政書士に相続手続き一式を代行してもらうことも選択肢です。委任状を用意すれば、戸籍謄本の収集から金融機関窓口とのやり取りまでを任せられます。複数の金融機関に口座が分散している場合や、不動産の相続登記もあわせて必要な場合は、窓口を一本化できる専門家に依頼したほうが、全体の期間を短縮できることがあります。報酬相場は金融機関の数や案件の複雑さによって幅がありますが、依頼前に対応範囲と金額を確認しておくことをおすすめします。
事務局の相談窓口でよく見られるパターン
実家じまいの相談を受ける中では、口座凍結に関して次のようなパターンが繰り返し見られます。ご自身の状況と照らし合わせてみてください。
- 葬儀費用の支払いが迫っているのに口座が凍結され、喪主が自己資金や香典で立て替えたあと、仮払い制度の存在を知らないまま数か月間資金繰りに苦労する
- 遠方に住む相続人の一人と連絡が取れず、遺産分割協議書に押印をもらえないまま口座が凍結された状態が長期化し、実家の片付けや売却の計画も止まってしまう
- 戸籍謄本を集め始めてから、被相続人が本籍地を何度も変更していたことが分かり、想定より1か月以上手続きが延びる
- 公共料金の引き落とし先変更を後回しにした結果、凍結後に延滞通知が届いて慌てて手続きする
これらに共通するのは、口座凍結を「そのうち何とかなるもの」と後回しにしてしまい、当面の資金繰りや他の手続きへの影響を見落としている点です。凍結が分かった段階で、資金繰り(仮払い制度の要否)・書類収集・遺産分割の3つを並行して整理しておくと、手戻りを防ぎやすくなります。
相続税・準確定申告との関係(税理士の領域との線引き)
口座凍結の解除やその後の資金の使い方は、相続税や所得税の申告とも関わってきます。ただし、具体的な税額の計算や申告書の作成は税理士の専門領域であり、この記事では期限などの基本的な事実関係のみを紹介します。個別の税額計算や申告要否の判断は、税理士にご相談ください。
相続税の申告期限
相続税の申告と納税は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります(2026年8月時点・国税庁タックスアンサーNo.4205より)。相続税がかかるのは、遺産の総額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合で、超えない場合は申告も納税も不要です(同・国税庁タックスアンサーNo.4102より)。口座が凍結されていても相続税の申告期限は延びないため、資金繰りに困る場合は仮払い制度などを使いながら、並行して申告準備を進める必要があります。
準確定申告の期限
被相続人が生前に得ていた所得については、相続人が代わりに確定申告(準確定申告)を行う必要がある場合があります。準確定申告の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内です。相続税の申告期限(10か月)より短いため、故人が個人事業主や年金以外の所得がある場合は、早めに税理士へ相談して申告の要否を確認しておくことをおすすめします。
口座凍結解除と税務手続きのタイミング
相続税の納税資金を故人の預金でまかなう予定がある場合、口座凍結の解除が遅れると納税資金の準備にも影響します。申告期限である10か月は、戸籍収集・遺産分割協議・口座凍結解除という一連の手続きを終えるには決して長い期間ではありません。相続財産に不動産が含まれる場合は、評価額の算定にも時間がかかるため、相続が発生した早い段階で税理士に見通しを相談しておくと、期限直前になって慌てずに済みます。
口座凍結の解除と実家じまい・遺品整理をどう並行させるか
口座凍結の解除は、実家の片付けや売却・解体の検討とも密接に関わります。通帳・キャッシュカード・銀行印・証書・保険証券などは、遺品整理の過程で最初に確保すべき貴重品です。片付けを外部の業者に依頼する場合も、これらの貴重品は作業前に相続人自身で保管場所を確認し、可能であれば作業開始前に別途保管しておくと、紛失や混同を防げます。
貴重品の扱いを業者に依頼前に整理しておく
遺品整理の現場では、タンスの奥や仏壇の引き出し、和室の茶箱などから通帳や現金、貴金属が見つかることが少なくありません。業者に依頼する場合は、事前に「貴重品が見つかった場合の報告・保管ルール」を確認しておくと安心です。信頼できる業者であれば、発見した貴重品を写真で報告し、指定の方法で引き渡す運用を徹底しています。
相続放棄の可能性がある場合は片付けの着手前に確認する
先述のとおり、相続放棄を検討している段階で家財を処分してしまうと、法定単純承認とみなされ、放棄ができなくなるおそれがあります。実家の片付けを急いでしまいがちですが、負債の有無がはっきりしない、相続放棄を選ぶ可能性が少しでもあるという場合は、片付けの着手前に司法書士や弁護士へ相談し、進めてよい範囲を確認してください。片付けと相続手続きをどちらも急ぎたい場合こそ、順番を誤らないことが結果的に近道になります。
口座凍結の解除、相続登記、遺品整理・実家の売却や解体まで、複数の手続きを同時並行で進める必要がある場合、それぞれを別々の窓口に相談すると情報の行き違いが生じやすくなります。実家じまい代行サービスでは、片付けから家の処分までを一つの窓口で承り、相続登記など法律手続きが絡む場面では提携司法書士と連携して進める体制を整えています。
よくある質問
銀行口座はいつ凍結されますか?黙っていれば凍結されませんか?
口座凍結の解除にはどんな書類が必要ですか?
仮払い制度ではいくらまで引き出せますか?
仮払い制度を使うと相続放棄ができなくなりますか?
口座凍結の解除にはどのくらい時間がかかりますか?
証券口座や投資信託も同じように凍結され、仮払い制度は使えますか?
まとめ
故人の銀行口座の凍結解除は、書類さえそろえば手続き自体は難しいものではありませんが、戸籍収集や相続人全員の合意形成に時間がかかりやすい手続きです。要点を振り返ります。
- 口座は死亡そのものではなく、銀行が死亡を把握した時点で凍結される。黙っていても凍結は避けられない
- 凍結解除には、被相続人の戸籍一式・相続人全員の戸籍と印鑑証明書・相続手続依頼書が共通して必要。遺言の有無、遺産分割協議の有無で追加書類が変わる
- 手続き全体の目安は書類収集から1〜2か月程度。急ぎの資金には仮払い制度を活用する
- 仮払い制度(民法909条の2)は残高×1/3×法定相続分、金融機関ごと150万円が上限。足りない場合は家庭裁判所への保全処分の申立てという選択肢もある
- 相続放棄を検討している場合、預金の引き出し方や家財の処分次第で法定単純承認とみなされるリスクがある。着手前に専門家へ相談する
- 相続税の申告期限は死亡を知った日の翌日から10か月以内、準確定申告は4か月以内。税額計算は税理士の領域として早めに相談する
- 通帳・キャッシュカード・銀行印などの貴重品は、遺品整理の際に最優先で確保し、保管ルールを業者と事前に確認する
口座凍結の解除は、単独の手続きとして捉えるより、相続登記や実家の片付け・売却の検討と合わせて全体のスケジュールを組むほうが手戻りを防げます。相続登記の期限や過料については相続登記の義務化とはを、遺産分割の進め方は実家の遺産分割協議の進め方をあわせてご覧ください。
早いこともあります
実家の片付けから処分まで、
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